カテゴリー「言霊・中今・神道」の28件の記事

2017年5月20日 (土)

2017年5月20日土一番忙しい田植え時期に。日本人らしい思考と生活。中今論。

農家は、田植え時が一番忙しいと思います。愛山では5月中旬から6月始めまででしょうか。
そんなときにブログを書いている暇はないのですが。
In Deepは2番目に好きなブログです。1番は伊勢白山道です。

2017年5月19日のIn Deepの記事は
「悪魔の最終勝利を阻止する存在は… : 満身創痍でボロボロなれど、数百年間の「ヨーロッパ・ハザード」から生き残った日本、そして他のほんの数カ国は何のために地球に存在し続けるのか」でした。

 歴史的に南北米、アフリカ、オーストラリア、アジアの多くの地域、世界のほとんどの地域がヨーロッパの支配下にあり、多くの有色人種が虐殺にあった地域です。
 どういうわけか、その虐殺を日本人は仕方がないと許しているところがあります。悪魔の所行といって不思議がないのに関わらずです。

In Deepさんは言っています。

「日本が悪魔の砦としての機能をやめれば、地球はそちらに転がります。
ちなみに、その「戦い」のためには、何も物理的に戦ったり、精神的に反抗したりする必要はなく、ヨーロッパの素晴らしい文明を十分に堪能しながらも、各自が日本人らしい思考と行動を普通におこない日々を生きていけば、それでいいのだと思います。
日本人らしい思考と生活を崩さないという生き方ほど強烈な反抗、あるいは革命スタイルはないと思います。」

 「逝きし世の面影」に書かれているように、江戸末期、明治期に来たヨーロッパ人は、日本の庶民の生活を世にもまれな平和な社会と見ていたのです。
 明治期以降、日本も悪魔化、ではなく西洋化が進んできています。
 大東亜戦争の敗戦後、とくに顕著に進行しています。
 In Deepさんは日本人らしい思考と生活を崩さない生き方をすればいいのだ、と言っています。
  In Deepさんは、R.シュタイナーを大切におもっているようです。

 シュタイナーの勉強をあまりしなくなって、10年以上になります。
 シュタイナーは本物だと思います。
 日本語で、日本文化の中に本物を探したいと思いました。
 で、出口王仁三郎に惹かれたり、神道を勉強しようと思ったりしています。あまり進んでいませんが、多分、シュタイナーの日本化は正解じゃないでしょうか。
 神道への関心は、よく申しますように、「聖書の暗号」に見られる未来予測可能性の時間論が、神道の中今思想と関連すると思ったからです。
 神道の時間認識は量子論を取り入れないと多分、理解できません。
 一神教の絶対神論はあまりに常識的で一般物理学的すぎますし、人間的過ぎます。凡人的人間の一神教は、凡人的神しか表現し、判断できないでしょう。だから神が悪魔になったりするのでしょう。
 科学も悪魔化しています。とくに医療において科学の悪魔化が進んでいます。
 絶対神も科学も真に受けない方がいいように思います。その裏には邪悪な凡人の姿を感じるのです。

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2016年10月 2日 (日)

2016年10月2日薪運び、屋根の修理、ユダヤアークの秘密

 10月に入りました。

 昨日は比布のおいかわさんのところに薪用の丸太を頂きに軽トラックで行ってきました。家に丸太はあるのですが、少し足り苦しい感じがします。
久しぶりに話を楽しみました。軽トラックは350kg制限があり、何しろ30年ものですので無理しないで来ました。

 今日は屋根に上がって、少しめくれている2カ所のところを見ました。夏の方が屋根が高くて、滑りやすく、冬より危険な感じがします。母屋の北と南の玄関東の屋根が凍りやすいので、雪下ろしの回数を増やさねばなりません。
 屋根への上がるにも、命綱を張るにも時間がかかってしまいました。動作も遅くなっていますのでより慎重にします。
 台風18号が来ています。

 香川宜子氏の「ユダヤアークの秘密のふたを開いて 日本からあわストーリーが始まります」を丁寧にメモをとりながら読んでいます。
 香川さんの本には、旧約聖書のイザヤ書を書いたイザヤが乱れに乱れた国を捨て神の意向に沿った地、日出ずる東の国への移住を計画する。イザヤの次男「ヨザブ」(日本では月読命(つくよみのみこと)が陣頭指揮をとる。ヨザブは南ユダ王国のヒザキア王朝(紀元前713年~687年)の王妃だったヘフシバと、イザヤの長男スサノウエ(古代ヘブライ語で牧場の馬、行動の早い人という意味で、和名はスサノヲ)12氏族代表とエブス族(エビス族)、エソウ族、アワ人など、10数隻総勢2,000人とともにタルシン船にアークや財宝を乗せて日出ずる島を目指して出発する。エブス族は「トホカミエミタメ」と「スエキアワカミ」とエブス文字で書かれた2本の旗をたてた。

 ここには古事記の神話というより、旧約聖書の人物、歴史上の人物に近いものとして書かれているようで、すこぶる面白いです。

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2016年3月17日 (木)

2016年3月17日雪解け・日ユ同祖論

 3月13日日曜日以降、暖かい好天が続き、雪がどんどん融けています。
屋根の雪もぐいぐい融けて、結局、納屋の雪も東の屋根の半分は暖気で融け落ちて、雪下ろしをしないですみました。
 今年の春の暖かさと雪解けは例年よりもうれしいです。すなわち年取って寒さがこたえるようになったということ。悲しくもなし。年相応ですな。負けず嫌いはかわらずです。
 夕方の大雪は真っ白からピンクへ、でも少しもやっています。

 この頃、なにが面白いって、古代の日本とユダヤ同祖論です。まさかのまさかですが、面白い。
 これまた繰り返しお話しましたように、「聖書の暗号」ほど不思議な話はありませんでした。伊達 巌氏とイオン・アルゲイン氏の本につながりました。
 ついで古神道の「中今」の話になるのです。神道の中今論はほとんど分からないのですが、「お祓い」の方はなんだか不思議に馴染むようで、続いています。


 古本で買った、飛鳥昭雄・久保有政「天皇家とユダヤ 失われた古代史とアルマゲドン」、明窓出版、平成25年、坂東誠「古代日本ユダヤ人渡来伝説」PHP研究所、2008を読んでいます。数年前に飛鳥氏の漫画チックな日ユ同祖論的本を読んで、フーンそんなことありうるのか、くらいでそのままになっていたのですが、少しだけ神道を勉強し始めて、なるほどと思うことがさらに増加しています。
 祇園祭、諏訪大社のお祭りのユダヤ起源、おおいにあり得ると思わざるを得ません。
 参った、参ったです。

 ラビ・マーヴィン・トケイヤー、久保有政訳「聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史」、徳間書店、1999、久保有政・ケン・ジョセフ「日本・ユダヤ封印の古代史[仏教・景教篇]、徳間書店、2000、もしっかり読みましょう。

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2015年12月21日 (月)

2015年12月21日カイロス時間とクロノス時間

 好きだったブログに飯山一郎の「てげてげ」があり、私の豆乳ヨーグルト信仰は彼から来ているところがあります。が、誰かとの論争の中で、豆乳ヨーグルトは痛風によろしくないという記述がありました。そういえば今年の私は、豆乳ヨーグルトを毎日食べている割には、痛風に良くなっており、さては、豆乳ヨーグルトが悪かったかと思い、信仰をやめました。
 
 だんだん好きなブログが減っているのですが、今も好きなのは「In Deep」です。
 今日2015年12月21日の記事は、「カイロスとクロノスの時間の整合性のバランスが崩れてきまして……。これは変容? それとも崩壊? そしていよいよ見えてきた2009年のウェブボットの「新しい戦争」の行方」でした。

(以下引用)
 時間の流れの早さが「訳が分からない域」に

 何かといいますと、最近、時間が流れるのが早くて仕方がないんです。
 以前は単に感覚的な感じだと思っていたのですが、どうも最近は、現実的にいろいろと「やるべきことが間に合わないほど時間が足りない」のです。
 たとえば、In Deep のブログの記事を書いていても、以前なら普通に書き終えていたような時間の感覚でいると、それよりも1〜2時間ほど時間が早く進んでいる感じで、予定していた時間内に書き終わらない。
 何より、一日に何かひとつ小さな予定を入れると、それだけで終わってしまったりするのです。
 文字通り、「あっという間」に一日が終わっていきます。
 時間が過ぎるのが早く感じられるのは、年をとればあることでしょうけれど、ここまで現実の行動に影響が出てくると、不便というのか、一日がものすごい速度で過ぎていっている感じで、どうも何だか違和感を感じるレベルになっています。
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ギリシャにあった偉大な時間の概念

 古代ギリシャには「ふたつの時間の観念」がありました。
 クロノス時間とカイロス時間というふたつです。
 クロノスは、現在でも使われている時計などで表すことのできる「いわゆる時間」の観念で、カイロスは、一般的な時間とはちがう「主体的な時間」を指します。
 ということは、実際には「カイロス時間」には物理的な定義がないですので、「時間は存在しない」という意味にもなります。そういう観念を持っていたということは、古代ギリシャの人たちはきわめて精神的な存在でもあったといえます。
 その中で、「物理的な文明発展」も進む中では、主体的な時間だけでは不都合で、それで、現在の「時間」となるクロノス時間というものが発明されたのかもしれません。
 古代ギリシャ人たちは、物質的に生活するために必要なクロノス時間と共に、「真理から見た時間(存在しない時間)」という意味のカイロスのふたつの時間を使っていたという、すぐれた人々だったようですが、このカイロス時間というものは、その幅は、
 「決められていない点から、決められていない点までの無限」
 となっているわけで、つまり、カイロス時間から見れば、始点も終点もないといえるわけで、もっというと、
 「始点と終点はひとつである」
 という概念になるようにも思います。
 ギリシャ文明にしても、その「始点」と「終点」は、カイロス時間の観点からは、実は同じだといえそうです。
 「文明の誕生」と「文明の崩壊」は、まるで意味がちがうような響きですが、クロノス時間ではなく、カイロス時間で物事を考えると、「そのふたつは同じ」だということがわかります。
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そして、2009年7月のウェブボットでは、巻末のエッセイで、クリフ・ハイは「これからの世界の時間」について、以下のように記しています。

2009年7月20日のウェブボット巻末エッセイより

「いま」という瞬間に生きるとはどういうことであろうか? それは時間が「いま」という一瞬に圧縮されることを意味している。
 確かに、時計が刻む時間は物理的に一定であり、これが変化することはないかもしれない。
  だが、われわれが生きる一瞬一瞬の時間の質が最近まったく変化してきていることに気づいているだろうか?
 いま一瞬の時間は、われわれがかつて経験したことがないほど濃密になり、圧縮されたものとなってきている。
 この時間の圧縮は、経済や社会、そして地球が変化するにつれ、これから数年間で本格的になると私は考えている。
 このような時間の圧縮の体験から、われわれ一人一人が太陽系と変化の瞬間を共有し、また銀河系とも共有し ていることが実感として分かるはずである。
 時間の圧縮体験はミクロとマクロで人間に大きな影響を与えるはずなのだ。

 古代ギリシャでは時計が刻む日常的な時間の「クロノス」と、なにか特別なことが起こる「カイロス」という 2つの時間概念をもっていた。
 いまわれわれすべてが「カイロス」の時間をともに生きることになる。
おそらくこれは可能性の高い予測として成立するだろう。
 これは人間自身が望んだものではなく、宇宙が人間に経験することを迫っているものなのだ。
 仏教にはソターパナという解脱の境地がある。これは「世界を生成する流れに入るもの」という意味だが、これの鍛練した修行者によると、流れの入り方が最近大きく変化しているという。
 いずれにせよ、われわれすべてに「カイロス」のときが迫っている。そして、その体験を声にして表現することが今求められているのだと思う。
(引用ここまで)

 分からないことを引用しなさんな、といわれそうですが、「なんとなく」レベルでしか言えないのです。聖書の暗号、「中今」以来、時間のことを考えます。
 以前、地質学者と話した時、地球の古代から現在まで、時間がだんだん早くなっているのじゃないだろうか、と話したのですが、そうじゃないだろうか。昔より今の方が断固、時間は早く進んでいます。
 人間も、歳取ると時間が早く進みます。
 人類文化も、古くなると時間が早く進んで、終わりを迎えます。
 そして終わりは始まりで、どちらも同じ、となるらしいです。

 1km走、昨20日は、時速7.9kmで7分43秒、今日は時速8.0kmで7分37秒。

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2015年12月 3日 (木)

2015年12月3日、言霊百神、開闢(中今の意義)

小笠原孝次著 七沢賢治監修 「古事記解義 言霊百神」新装版 株式会社七沢研究所 2016  17ページ

開闢(中今の意義)(母音半母音)

天地のはじめの時

 天地(あめつち)は今此処で絶えず開闢しつつある。古事記が説く「天地のはじめ」とは天文学や生物学や歴史の上の観念で取り扱うところの事物のはじめを云っているのではない。古事記神代巻は必ずしも過ぎ去った大昔の事を取扱ってわけではない。今がそして此処が、すなわちnow-hereが恒常に天地のはじめの時であり場所である。すなわち天地
は実際に今、此処で絶えず剖判(ぼうはん)し開闢しつつある。その今を永遠の今と云う。この事を禅では「一念普(あまね)く観ず無量劫(むりょうごう)、無量劫の事(じ)すなわち如今(にょこん)」(無門関)などと云う。「永劫(えいごう)の相」(スピノザ)とも云う。
 この始原(しげん)である中今(なかいま)から天地(あめつち)は瞬間に剖判して、忽然として森羅万象を現出する。言霊麻邇(げんれいまに)はその瞬間に活動する生命の知性の内容であり、その原律(げんりつ)である。この恒常の天地の初めである「中今」を把握することがあらゆる事物をその根源から理解する上の正規の出発点である。仏教、キリスト教、儒教等の古来の哲学宗教の修証である「空」「悟り」「救われ」「天」などと云われる宗教上の体認すべてこの中今を把握することに他ならない。そしてこの中今という天地(あめつち)の把握が神道に入る門であり、神道の出発点である。布斗麻邇(ふとまに)とはこの「空」である中今の精神的大宇宙、法界(ほっかい)の中に活現する人間生命の自覚内容、すなわち、般若経で云う「諸法の空相」と法華経で云う「諸法の実相」の原理と原律のことであり、並びにその原理原律を人間の自覚と自主自律性の下(もと)に社会国家に活用して行く方法を云うのである。
(以上引用)

ぼうはん(剖判) ①天地などの別れ開けること。開闢(かいびゃく)。②はっきり区別がつくこと、また、はっきりと区別して分けること。(国語大辞典より引用)

 このブログでは、2015年2月16日、「中今」言霊百神 のところで上記ページの一部を引用しましたが、もう一度、この17から18ページ全部を引用しました。
 天地(あめつち)は今、此処で絶えず開闢しつつある、と書いてあるでしょう。
 天地は今、此処でできつつあるのだ、とはどういうこと?過去も未来も今、此処にある、見ることができるということでしょうか。こういう存在なら未来のことも見ることができる、だから聖書の暗号もなりたつ、ということになりますか。
 あまり理解できませんが、そういう次元があるらしいことが分かります。 

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2015年11月26日 (木)

2015年11月26日時間と空間はすべて残存する

 すでに申しましたが、私のびっくりのトップは「聖書の暗号」です。
 旧約聖書トーラー5書の作者は未来を見ることができた、時間を越えて見ることができた、トーラーの等間隔文字列にその予測を記録することができたと仮設せざるをえません。
 生涯最大の謎です。

 ところが「日月神示」のなかに、「過去も未来も生み出し続けているのざぞ」という記述があり、聖書の暗号につながると思いました。どこにあったか探しているのですがまだ見つかりません。
 古神道の中に「中今」思想があって、そこに謎の答えがあると感じています。
 私の贔屓ブログ「伊勢白山道」の伊勢白山道著「森羅万象 10」、31ページ「7 過去の自分は今でも平行して生きている」から引用です。

 ここに宇宙の秘密の片鱗があります。すべての時間と空間は、平行してすべて残存するということです。時間の経過と共に消滅することはありません。すべて残るのです。(引用ここまで)

理解できるわけではありませんが、関連する記述を記録しておきたいと思います。

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2015年8月20日 (木)

2015年8月20日、時空概念、生活時間の使い方

 今、一番好奇心が刺激されていることは、時間の概念についてです。「中今」についてです。
 以前、ときに思ったことは、「概念」は越えることができるということです。
 例えば、光の速さをこえる速さはないと言われます。とすれば、光より速いものはあるに違いないという、ことです。どこかへそ曲がりですが、そうです。
 時間についても繰り返し申しますが、旧約聖書のトーラー五書には、遙か未来のことが等間隔文字列の中に記されていることを、「聖書の暗号」、伊達巌氏の著書、イオン・アルゲイン氏の著書で知ることができます。
 保江邦夫氏の著作にUFO関係の文献が紹介されていました。


 スティーヴン・グリア著、前田樹子訳、「UFOテクノロジー隠蔽工作」、めるくまーる、2008、です。といても読み始めたばかりです。
 48ページに「眠りに落ちながら、遠くの場所や出来事を見る能力は日常茶飯事となり、次の日に何が起こるか分かっていた。これは不思議でも何でもない。意識の普遍性を理解すればわかることだ。意識は遍在しているから、時間と空間の制約を越えている。ということは、この意識状態にいることにより時空の制約を断ち切ることができるのである。」

 「意識は時間と空間の制約を超えている」とあります。「意識」の言葉は知っています。が、時間空間の制約を超える「意識」というものは、非常に難解です。もし、意識が時間空間を越えて遍在するなら、過去・現在・未来まで宇宙の果てまで遍在しているなら、過去も未来も、宇宙の果てまで、意識を通わせ、知ることができることになります。
 とすると旧約聖書のトーラー五書に未来のことが書くことが可能になります。
 我ながら奇妙な好奇心ですが、ま、お暇な方はお付き合い下さい。
 今の私の生活、時間のかかる順に、
・インターネット・ブログ本読み、ブログ書き時間、これは楽で面白いです。
・農作業、これも悪くはないけれど疲れます。
・料理・家事
・山歩き、山スキー、水泳、は楽しいですが疲れます。ジョギングと自転車は楽しさに欠けます。
・ピアノ:楽しいですが努力を要します。
 最近、農作業をサボっています。
 ブログ書きの方が楽で楽しいのです。
 どうしましょう。

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2015年6月21日 (日)

2015年6月21日、田の除草・保江合気眞髄

 今日は、6月の爽やかに一日でした。旭岳から凌雲岳の残雪が綺麗です。
 午前中、愛山老人会のコミュニティセンターの草刈りと、火災時避難訓練、AED講習会がありました。AED講習は前にも受けていましたが2回目となるとなれてきました。
 除草機を押す時の水の量について鉄地河原さんに教えて貰いました。除草機を押すのは、浅水にしてから押すこと、ヒエの苗を土に押さえ込んで除草する。だから深水で行ってはすぐに起き上がってしまうこと。実は、ヒエの根を浮かせることによって除草するのかと思ったのですが、土の中に埋め込むのでした。だからツメの後ろについている丸い籠状の鉄網を強く抑え気味にして、起こしたヒエを埋め込むのだそうです。そういえば、手で抜いたヒエを土に埋めていました。そう教えて貰っていたことを思い出しました。恥ずかし。すぐに忘れて。60年以上も百姓をやっているけど、何時までたって勉強ですと、以前なぐさめてくれましたっけ。職人さんに比べて年一回のことが多いので、なかなか身につきにくいところがあるとか。

 JR愛山駅の前の草は、相当、大きくなっていました。田植え後、畦の草刈り時にやっておくのが一番効率が良さそうです。来年は覚えていたら、田植え後にすぐやりましょう。まて、覚えていることはあり得ないので、一応、手帳に書いておきます。

 保江邦夫の「合気眞髄」を読みました。彼の本は、面白いです。実に。
  ここで述べられている合気道が神人合一であり、古神道につながっていること、神と一つになる、神人合一が、古神道だけでなく、カソリックのどこか、ロシア正教会のどこかにも流れているらしいことが書かれてあって、これまた驚きでした。

 「聖書の暗号」と「日月神示」がつながり、「時」の概念の不思議さが古神道の「中今」の勉強につながって、また実に面白い世界が展開しています。
 いろいろ失礼な言い方かもしれませんが、日本的シュタイナーとしてなんとなく、出口王仁三郎が似ているかもと思っていて、どいうわけか合気道の元祖、植芝盛平の本を読むことがあって、かれが大本教に入って、一緒に蒙古にいったことなどは知っていました。
 植芝盛平の合気道は神人的です。神人合一の技です。
 保江邦夫氏もか弱いインテリ風らしいのですが、神人合一的合気道の技術を持っているらしいのです。本を読む限りにおいては普通に近い人のようなのですが、普通の人でも神と一体になれるのかもしれません。
 しかし、まあ、不思議で面白いです。

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2015年6月 7日 (日)

2015年6月7日、古代日本・ユダヤの関係

以前書いたことがあります。
 「聖書の暗号」を読んで、旧約聖書のトーラー5書を等間隔文字列の中に、未来の予言があることにびっくり仰天したこと、古神道の「中今」思想の中に過去未来を越えた思想が入っていることに、トーラー5書と古神道の間になんらかの関係があるんではないかという疑問いついてです。

 2015年5月26日、大雪キリギリス農場ブログ記事、「神道とユダヤ教」のなかで、保江邦夫著、「伯家神道の祝之神示を授かった僕がなぜ ハトホルの秘儀 in ギザの大ピラミッド」、ヒカルランド 2013 のなかから、「日本伝統の神道が実はユダヤ教そのものだったという何人かのイスラエル人研究家による学説に、僕は傾倒していた。」を紹介し、
この何人かのイスラエル人研究家による学説本を購入して読み始めました。次の3冊です。

ヨセフ・アイゼルバーグ著、中側一夫訳、「大和民族はユダヤ人だった」、たま出版、1984、
マーヴィン・トケイヤー著、久保有政訳、「聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史」、徳間書店、1999
久保有政・ケン・ジョセフ著、「日本・ユダヤ封印の古代史2[仏教・景教篇]」、徳間書店、2000

30年、40年前から、このたぐいの本に関心はなかったわけではありません。
今、再度、ぶり返して関心が出てきています。

 古神道とユダヤ今日との関連情報は増えています。そうだったんだ、不思議、という感じです。
 ですが、今回の関心事、聖書の暗号と「中今」との関連についてまで触れている本はまだ見つかっていません。

  すごく面白いです。これも老人性多幸感の一つかもしれません。

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2015年6月 2日 (火)

2015年6月2日、田植え終了・2016年首都岡山移転

 昨日は、田植えの疲れがたまっていまして、田植機を納屋にしまいました。早急に、外に出したままの同じ方の田植機を整備しておきたいと思うようになりました。一昨日の田植えで、田植え機能が働かなくなった時、外に置いた田植機の部品を使うことになるかもしれないと思いもしたのです。昨年は、田植えも稲刈りもすべて手でやります、と言ったような記憶があるのですが、結局、沢山のお手伝いを頂いてしまいました。もう、田植機なしではやれません。秋の刈り取りもバインダーを使います。
 除草剤と乾燥機は使わないで、草取り、稲架がけはやるつもりです。

 昨夜は高田さんの田植えご苦労さん会があり、ご馳走になってきました。お酒は控えなければと思っていたのですが、生ビールと焼き肉、海鮮類をいただくと、一杯が二杯になり、さらにさらに頂きました。大変ご馳走さまでした。
 今朝も水を見て、少し浅くしました。まだ水面下に苗があって、苗が水の上に出るまで心配です。
 午後は畑を代掻きローターで仕上げをしました。草も生えてきていたのです。

 保江邦夫著、「伯家神道の祝之神示を授かった僕がなぜ ハトホルの秘儀 in ギザの大ピラミッド」、ヒカルランド 2013が面白かったので、続編、保江邦夫著「古神道《神下ろしの秘儀》がレムリアとアトランティスお魂を蘇らせる時」ヒカルランド、2014を買って読みました。これまたぶっ飛びおもろ本でした。
 この中で、2013年9月21日現在の話として、3年後、日本政府は、東京より北に位置する関東のすべての県と東北地方南部の県を立ち入り禁止地域とし、首都を東京から岡山に移す、という予知夢が紹介されています。
 飯山一郎氏が彼のブログで、福島原発の水蒸気爆発で莫大な放射能が撒きちらかされて、近いうちに放射能で死ぬひとが激増するといっていました。トンデモぶっ飛び記事です。

 この二つの記事を書いておきます。

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