カテゴリー「愛山・愛別・旭川・隣村」の106件の記事

2017年9月21日 (木)

2017年9月21日、山の上の水タンクの流石片付け

 昨日プールで800m泳いだところ、夕食後、片づけに椅子から立ち上がれずでした。2・3ステージの歳です。

 今朝は8時半から愛山3区の水道用の水タンクの石片付けに出かけました。
 昨年夏の豪雨で山の水タンクが土砂に覆われてしまったのです。凄いでしょ。豪雨で水道に使っている沢が大水で土砂を流してきたのです。50年ほど前に3区の人たちが山の沢の水をタンクに貯めてそこから水道を引いたのです。
 今年は、多分水道のパイプがどこかで外れたか何かで水が足りなくなってきて、やや時間をかけて直すことになっています。
 男手5人で8時半から始めて昼前に終えることが出来ました。
 山の仕事での言葉、「現場についてすぐするのは首がかり」、現場に着いたらまず一服して段取りを考える、現場に着いてすぐにやるのは首つり。ブラックですね。
 「親死んでも、段取り一服」、これまた、良く殺しますね。
 鉄地河原さんの話、霧多布峠だかどこか1時間もいった先で仕事してたとき、9月中旬頃だか、舞茸のすごい群落に出くわしたことがあったと。あっちの方にもこんもり浮き上がって出ているそうな。この話をするときのお顔がまた幸せそのもので、まさに気持ちが舞を踊っているようでした。出くわしたものにしか分からぬようでした。次の年にまた出るかというとそうでなくて、7年か13年後だといい、はしもとさんは5年だと聞いたそうです。

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2016年5月26日 (木)

2016年5月26日高田さんの田植え(2)

 昨日は試運転日でした。今日から高田さんの田植えです。午前中、田植機に同乗して、マット苗を田植え機にセットする仕事をしました。昨日一日この仕事で少々疲れました。昨年か一昨年もしましたが、歳です、疲れました。年とともに疲れやすくなるのを実感します。今日は昨日よりも疲れなかったといいたいのですが、似たようなものでした
 人生第3期第2ステージは、結局、「体力劣化」が急なステージなのです。「呆け化」も急なのです。我ながら、第3期第2ステージとはよく名付けと思います。田植えが終わったら、第2ステージについて、じっくり考えます。今、田の仕事が一番忙しいですし、畑も一番忙しいです。
 農家のお母さんはとにかくべらぼうに忙しいです。
 田の仕事、自家用の作物のしごと、料理、家事、育児、信じられない仕事量です。

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2016年5月25日 (水)

2016年5月25日高田さんの田植え

 今日は高田さんの田植え試運転の日でした。
 明日から本格的な田植えで、2台の田植機が通常通り動くか、苗運び軽トラックは、肥料運びのトラックなどなど。午前中はひどく寒かったです。
 午後から残雪の大雪を見ながら田植機に乗りました。これは愛山の美しい景色です。
 昨年より脚力の衰えを感じてしまいました。
 5時過ぎに終わって帰宅し、タンポポを刈り払い機で刈って、ハウス跡の畑の雑草の新芽を取りました。
 お休みなさい。

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2016年5月14日 (土)

2016年5月14日土曜日、快晴、愛山、緑の季節の始まり

5月14日土曜日、快晴、愛山
明るい日射しのもと、大雪山が輝いています
道端につくしが芝生のように生えて
コブシは連休の頃まだ色の付かない山にポット白い色をつけ
山桜が後を追ってピンクの色をつけ
すぐに白樺とドロの木の若いみどりが岸辺から野山にあざやかな色をつけています。
いよいよ緑の季節です。
残雪は近くの山の稜線近くまで高度をあげています。

今日は愛山地区の古紙回収の日でした。
各区から担当の方が集まって、
収集車3台がきて1時間半ほどで終了
のち、直会だそうです

昨日金曜日はピアノのレッスンと旭川の町巡りとプールでした。
午後8時半帰宅、9時過ぎ夕食。
1時間あまり後片付けに体が動かないのです。
いいたかないですが居眠りなどして、寝たのが1時。

このポイント、「夕食後の疲れ動かず」を「甘やかさず片付けして早寝」して、「早起き」。とくに金曜日。これがこれから1週間の努力目標です。

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2016年2月15日 (月)

2016年2月15日、愛山で生活されませんか。

 全国的暖かさをもたらせた今回の低気圧、土曜日13日は愛山もプラス5℃、土日とも雨になりました。13日土曜日夕方、旭川から愛別に帰る39号線は霧に覆われていました。帰宅すると、納屋の西側と東側の北半分の雪、母屋の南西の氷雪が落ちていました。納屋の東南半分が下屋とも落ちていなかったのですが、東北の雪下ろしした部分は落ちていました。
 母屋の南西、特に玄関の谷型の大氷が除雪した道幅一杯に1mほど厚く落ちていました。もしそこに誰かいたら、大けがしたかもしれません。
 
  日曜日も雨で東風が強く、今の東窓には雨が当たって、すりガラスのようになり外が見えなくなりました。外に出ると、下ろし残していた車庫の東南半分の雪が落ち、納屋の下屋部分がすべて落ちていました。土日は雨で屋根は怖くて(滑るから)とてもあがる気になりませんでした。

 高田さんが1週間あまりもブログを更新していなかったので心配して見に来て下さいました。ご心配頂いてありがとうございます。
 その上、母屋に外に落ちた氷雪をどけてやるといって、4輪で前にバケツのついた除雪機を持ってきて片付けて下さいました。
 あの除雪機の威力をまざまざと感じました。自分の回転式の除雪機で飛ばすつもりでしたが、固くつまった雪と氷はひどく重く固くて、飛ばすのは簡単ではありません。車庫前のブロックを手で動かしてみたのですが、少しどかすのも大変でした。
 助かりました。ありがとうございました。

 高田さんと愛山、愛別の良さを話しました。
 人ごとに価値観の違いはあるでしょうが、私には最高の土地です。
 まず、素晴らしい大雪の山が見えます。
 大自然が豊かです。
 空間がたっぷりとあります。あなた、都会ではこんな空間はとても手に入りませんよ。
 私の家は築60年になる古い農家です。敷地3反に、母屋、納屋、車庫で私にも楽々入手できた家です。この広さ、遠慮なくピアノであれドラムであれ、思いっきり音を出せる贅沢。
 愛山3区は生活水を山奥の流水から引っ張ってきて使っています。安いです。フッ素が入っていません。これまた贅沢な話しですよ。年2回のタンク掃除がありますが、自分たちで水を管理している、これまた贅沢と言えます。隣の愛山2区はわき水を使っています。
 こう考えただけでも、その贅沢さにひどくうれしくなります。
 店は近くにないので、5kmほど先のセイコーマートか、旭川に出た時に生協とかスーパーで買い物をします。病院は車で10分あまり離れた町立病院か旭川市内に行きます。車がないと少し不便ですが、JR石北線か、バスで市内にゆけます。
 勿論、現職時代にここに住めたかというと、さすがに難しかったと言うべきでしょう。毎日、朝7時8時から夜、7時8時までの生活でしたから。最後の年は土日もなかったですから。
 退職者だから田舎に住めるのだといえます。都会に住まなくてもすむ退職者にはこんな贅沢な土地はないと思います。

 笑われるでしょうが、私が田舎に住む動機の一つは、大恐慌が来て都会で食料が手に入りづらくなるかもしれない、ということでした。 

 土地のことを表す言葉に「風土」の語があります。ネパールには「ハワパニ、風と水」といってその土地を表します。まさにハワ、パニがよろしいのです。水道の殺菌剤フッ素は体によろしくないと言います。我が家の水はフッ素が入っていないのですよ。ありがたいことです。それに水道代は年1200円です。たったの千二百円です。それと年2回の水道タンク掃除です。昨日、愛山3区水道組合の総会がありました。会員が10名そこそこです。

 電気は来ているのかと聞かれそうですが、来てますし、都会と同じくらい電気代は高いです。ときどき電気がないといいなあと思います。星が綺麗だからです。ま、やはり電気がないと困ります。明かりも、コンピュータも、冷蔵庫も洗濯機も必要ですから。
 私の家は、国道39号沿いにあるJR愛山駅、愛山小学校マス亭まで200m、紋別高規格道まで1km、この上なく便利です。

 いえ、やはり人が少なくなってきていて、水道タンクの掃除に人手が足りなくなってきています。ですからどなたか愛山3区に来て、安い水道を使って、水道タンクの掃除を手伝ってくれませんか。

 さがせば愛山、愛別町に古い家が安く手に入りますよ。関心がおありの方はコメント欄あるいは「来訪者ノート」の方にご連絡下さい。
 一週間サボったブログ、長々と書いてしまいました。戦後論を書くつもりでしたが、愛山への入居お誘いを書きたくて。

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2015年11月23日 (月)

2015年11月23日、愛山2・3区感謝祭

 今日は愛山2・3区の感謝祭(新嘗祭)でした。非常に和やかで楽しい会です。大いにご馳走になってきました。 
 11月23日には、もともと新嘗祭をやってたのだと思います。戦後、勤労感謝の日に変わりましたが、2・3区では、感謝祭の名で新嘗祭の精神を伝えているのだと思います。愛山2・3区のほとんどすべての家が参加しています。
 ご馳走の大半を婦人部で準備するのです。4月13日の御田神社祭もそうです。とにかくこのあたりのご婦人方はすごいと思います。
 区長さんはじめ区を運営する方々はそのあたりを配慮して、新年会はご婦人方が十分にくつろげるように昼のご馳走を温泉を楽しめるように計画されています。
 日本は滅びたなどと言ってしまうのですが、わが愛山2・3区の活動を見ていると、そんなことはないと感じます。

 滅びたなどという訳は、日本の司法、マスメディア、政治・官僚が終わっていると思うからです。

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2015年11月21日 (土)

2015年11月21日、愛山地区敬老会・Heavenese

  今日は愛山地区敬老会がありました。72歳以上の方が対象です。
 私も出席してご馳走を頂いてきました。
 地域協力隊や地域の若い方が沢山手伝っていらっしゃいました。ありがとうございました。私も祝われつつ、送迎のお手伝いをさせていただきました。

 1時半に終わって帰宅してインターネットを見ていたら、HeaveneseのMarre/Kumiko「Samurai BRIDGE」についての記述があり、CDを注文してしまいました。
 また、かぶれてしまいました。
 Heavenese は日本の精神文化を世界に伝えるという明確なコンセプトを持っている活動とありました。和太鼓を中心において、三味線、尺八、歌、キーボード,エレキベース、サックス、ヴォーカル、忍者、武士による殺陣などがあって、なかなか良いです。
 正真正銘の日本語の歌であり、太鼓であり、楽器であり、装束であり、のに全く国際的です。日本ではなく米国で活動をすることで作り上げたと言います。
 日本語とか日本的なものが国際的場面で持つ違和感が全くないのです。正真正銘の日本語の歌、声で歌っていますのに、日本の臭さがほとんどなくて、安心して楽しめます。
 彼らはワールド・ミュージックであると明確に自分たちのバンドを規定しています。
 新作は武士道を世界に広める、というものだそうです。
 私は和太鼓が大好きですので、Heaveneseも好きです。
 以前、誰かのブログか何かで見て関心を持っていました。今日初めてYoutubeでみて、その国際性に驚きました。
 日本精神の自立を感じました。
 もっと私流に大げさに言うと、日本が第2次敗戦を迎えた現在、復興の希望を先日の世界ラグビーのBrave Blossoms に見ましたように、国際レベルと自主自立をHeavenese に見た感じがしました。

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2015年11月 8日 (日)

2015年11月8日立冬、愛山3区の水場掃除

 今日は朝8時半から愛山3区の水場タンクの掃除がありました。
 いつもは3人で行っている山の上の水場砂利掃除を2人で行いました。参加できる方が少なかった上に、夏の大雨で砂利場の汚れがひどくて、いつもの倍近くの時間がかかりました。
 若手のHさんは還暦過ぎたとはいえ、馬力のある方でした。負けにように頑張ったのですが、おかげで体にこたえていました。
 昨日の根太修理に加え、今日の砂利掃除で、腰、腕の筋肉を使ったため、山登りとは別の疲れでした。
 午後はくたびれ果てて、寝ていました。

 しかし、自分お米を作り、水道の水タンクの掃除をするとは、ある意味で贅沢といえるように思います。その上、薪ストーブです。
 いずれも筋肉痛を伴いますが、それでこそ贅沢といえなくもないです。。
 くどいですが、筋肉痛を伴わない贅沢はありませんのです。
 その上、水道料が安い。何しろ先輩方が自分たちで作ったタンクとまさに、水道です。

 

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2015年10月28日 (水)

2015年10月28日、今週も町内で葬儀がありました。

先週に続き、2週連続して町内でお葬式がありました。
どちらも80歳後半の方で、寿命を全うされた方々のように思います。
ご冥福をお祈りします。

葬式に関しましてつくづく思いますことは、愛山という地域は相当に自主自立できる地域社会だということです。
勿論、葬儀屋さんに相談しながら行うのですが、基本的に町内会で自主的になし得るのです。20戸の小さな町内ですが、この2回とも葬儀委員長は区長さんが、役員は町内会全員プラス身近な方も加わり、まかないの方は婦人部の方でされるのです。ノウハウは伝統として伝わっています。

できるだけ自主自立をめざしてます私としましては、非常に優れたモデル的地域社会だと感じます。

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2015年10月 9日 (金)

2015年10月9日、薪ストーブに火

平成27年10月、冷たい雨
10月9日午前、雨
台風崩れの大型低気圧が北陸東方を北上して
沿岸は雨と風で大変だったようです。
内陸は雨は降りましたが、風は強くなく
稲架がけ用稲架木も補強しないですみました。
シベリアから寒気団が日本海を下がって
冷えています。
山は雪でしょう。
薪ストーブに火を入れました。
石油ストーブにはない体にしみいる暖かさです。
火の色のなんと暖かいこと。
寒さはいいなあ。
と言いつつ昨日の田は冷とうござんした。
薪づくりも急がないと。なにをこの時期に。
暖かさがしみいるというなら、夏前に薪をつくること。
来年こそは、またまた。
鉄地河原さんが稲架がけ用稲架木を心配してたずねて下さる。
稲架木の一番下と一番上は竹ではなく、稲架木の長いものをつけること。下の横棒は稲架木だから竹のようにすべり落ちないし、一番上の横棒はしっかりして、竹のように揺れない。前に聞いたはずなのに、8年目にやっと頭にとどまります(でしょう)。
 斜め杭を支える間隔は、幅九尺。作るのは北側からつくること。軽トラックの出し入れに関係するらしいです。今回は間隔を十二尺にしてしまった。
 稲架木を建てるところは畑として起こさないで、草のままにした方が軽トラックも人の足も入りやすい。
 この船橋さんのお母さんのKさんの仕事の速さはすごかった。
 稲刈りでは、一日一人で一反を稲刈り、結束、稲架木かけまでをやり終わりました。
 私の、8倍くらいでしょうか。
 先の常会で私のスピードはJさんの3倍、これはさば読みすぎで、4倍から5倍の速さと思います。
 とにかくJさんにしろ、Kさんにしろすごい速さの仕事ぶりのようです。

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