2017年3月27日 (月)

2017年3月27日、ガンより怖い血管障害

 私にとって一番恐ろしい病気は、ガンでした。
 10年近く前、大腸ポリープがガン化していると内視鏡で大腸検査してくれた医者にいわれ、禁酒1年半して良くなりました。本当にガンだったかどうか分かりませんが、恐ろしくはありました。その後、ある程度の節制をして、ガンの気配はありません。
 ガンにつきましては、安保徹新潟大教授の免疫論が分かりやすいですし、治療論もその免疫力を高める方向で行こうと思います。
 
 それよりも、知人がサウナで、あるいはプールでなくなり、脳血管障害と思われます。振り返りますと、50代60代の友人が心筋梗塞か脳梗塞系でなくなっています。ガンで亡くなった友人よりも血管障害でなくなった方の方が倍以上多いです。命が惜しいならまず一番恐るべきは心筋梗塞、脳梗塞などの血管障害でした。
 血管障害こそ恐るべきです。
1に、ストレス軽減、
2に、有酸素運動、
3に、食事、野菜、発酵食品、玄米等々のようです。
 ガン対応食、すなわち免疫力を高めることと似たようなもののようです。
 苦手の納豆やぬか漬けに再挑戦します。

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2017年3月23日 (木)

2017年3月23日、春の雨、名古屋女子マラソンで「ナンバ」で優勝

春の雨 雪とけて 悲し (3月22日)

昨日は実に暖かく、雨模様、春めいていました。立春過ぎるとさすがに暖かいです。
ところが今日23日は寒いです。
 春になって雪がとけて寂しいという感覚はありませんか。
 単に山に雪がなくなって、スキーが出来なくなるということだけかもしれません。

 先日の名古屋国際女子マラソンでしたか、2位だった方が、忍者走りだったと報道されていました。YouTubede見直しますと、確かに「なんば」でした。「忍者走り」といったりするのですね。
 10年も前でしたか甲野善紀氏をよく読んでいましたが、我流で取り入れて、ナンバもどきで62歳の時のフルマラソンは走りました。確か5時間45分ほどかかりました。楽だったように思います。
 初マラソンでたいしたものだ、期待が持てると解説の方がおっしゃっていました。確かに映像を見ていて、一番になった方の走りよりも無理がなかったです。これから世界的に「ナンバ」がはやるかどうか。

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2017年3月20日 (月)

2017年3月29日、春分の日にいつもの反省

3月20日(月曜・春分の日)

 

 昨日曜日、黒岳に行くつもりが、強風でロープウェイ運休とのことで、再度挑戦と準備したのに、これまた強風のため運休。
 土曜日から3日連続で運休です。ずっと天気はいいし、愛山の方はそれほど風がないのに上は風速20mの強風だそうです。
 去年は天気がいいので出かけたところ、強風で運休ということがありました。

 土曜日は、若石足もみ健康法の講習会に行ってきました。専門的な西洋医学も大切でしょうが、余り資産のない年金生活者には足もみ健康法は大事と思いました。講師の方のお話しでおもしろかったのは「小また」の話です小またというのは、ふくらはぎの後ろ、かかとから上にあがっていく腱のところで、ここが引き締まっている姿を「小またの切れ上がった」というらしく、よく歩いていて健康で安産の足姿といいます。
 安保徹先生の免疫力を高めるがん対策、西洋薬を飲まないこと、など勉強すべきことが多いです。
 一つ残る課題は血管障害ですが、強い血管を作る努力をします。が、多分、どなたにも手の打ちようがないでしょう。仕方がないので、成り行きお任せにします。

 後は、1)落雪・転落事故、2)除雪機・農機具事故、3)自動車事故、4)単独山行です。これは十分に注意しますというしかないですね。注意が足りない状況になることが危ない。

 単独山行にあたあういては、滅多に行かないけれど、一つは黒岳スキー登山。これはロープウェイ下から携帯が通じれば大丈夫だと判断します。
 もうひとつ、無理かなとは思っていますが、富良野黒岳縦走。体力がなくなっていること、歩行スピードが落ちていること。一度一泊山行をやって見る必要があります。確かめてからですね。

 今日は春分の日、大雪は真っ白、お彼岸の良いお天気です。
 午後3時頃、外に出ましたら、納屋の屋根の雪が全部落ちていました。今日の落雪をよく覚えておくこと。外気温はプラス5℃に西の松の木の根元まで飛んでいました。敷地内の車道の方にも少し飛んでいました。
 来年への心構え、2月の中旬までにマイナス10度以下の日に、納屋と車庫の雪を下ろし、屋根の棟のところの雪を切っておくこと。母屋のとくに北側の雪は12月に1回、2月中旬までに一回下ろしておくこと。
 すみません、どうしても自分の生活のこと、病気、事故の話になります。
 このことを踏まえた上で、やっと人並みの話に進めます。

 他に毎日心掛けること、
1.Piano練習、アコースティックギター
2.お祓いの練習
3.歩力、足もみ、柔軟、指先力、山・スキー
4.30分から1時間、片づけ練習
5.夕食料理練習
6.野菜と米作り庭木練習
7.好奇心課題:落合莞爾、白川学、健康・呆け抵抗・免疫力料理、戦後史、
8.そのとき文
以上、春分の日に。

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2017年3月17日 (金)

2017年3月16日、慰安婦問題

 先日、Pride&History提供の、藤井厳喜氏「いまさら聞けない従軍慰安婦の全貌〜暴かれた反日捏造の実態〜」を視聴いたしました。

 従軍慰安婦の全貌が理解できました。

 軍による強制連行の事実は全くなかったこと。慰安婦の活動は通常の売春活動であったこと。
 吉田清治は著書「私の戦争犯罪」(1983年出版)で、強制連行のあったことを書いています。(後にフィクションであったことを告白)。
1989年これが韓国で出版され、この時から韓国で慰安婦問題が大きくなった。
1991年朝日新聞が、証拠無しで、「慰安婦が軍による強制連行あった」と報道し、問題が大きくなる。
1993年8月4日、河野談話で強圧と甘言によると認めた。
1998年、吉田清治、自分の書いたことがフィクションであったことを告白。
2014年8月、朝日新聞、「強制連行があったという記事」を訂正、謝罪。
 
 韓国の記者が済州島で強制連行の事実を探したが、見つけることが出来なかったこと。
 日本の研究者が調査したが、これまた強制連行の事実が見つからなかった慰安婦であったという人の証言の中に強制的に連行されたという証言はない。
 

 通常、売春活動は日本では余り表に出す問題ではないです。韓国は世界中に広めたいのでしょうか。ベトナム戦争の時の売春活動や韓国兵の多数の子ども達の存在があることに口をつぐんでいます。

 大きな問題は日本政府の対応と、朝日新聞を代表とするマスメディアの存在です。
 朝日新聞は進歩的で左翼的でしょうが、慰安婦問題に関して売国者でした。

 河野談話にしても、昨年12月の慰安婦問題への10億円支出にしても、政府としてなすべきことではありません。あったことを認めることになります。
 政府の外交感覚はまったく変です。
 そんな感覚で中国、韓国、北朝鮮、米国、ロシアとうまく交渉できる訳がありません。第2次敗戦に向かうばかりです。国際的現実、国際的感覚を磨いて欲しいです。

 わたしたち、国民の民度の低さの反映であるといわれても仕方がありません。
 日本人である私も、民度を高めるため頑張ります。

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2017年3月15日 (水)

2017年3月15日、霧華

3月15日
朝(あした)は6時、日の出前
東の築山の上のツツジや南の庭のオンコに
霧華(きばな、霧氷のこと)が咲いている。
シャクナゲの葉は、針金のように縮んでいる。
快晴。放射冷却。
これは冷えてる。
マイナス10℃は越えてるね。
外の温度計を見るとマイナス14度。
木々の様子と晴れ具合を見て、ある程度、外気温が予想できるようになりました。
もう一つ、部屋が風通しが良いので、外の寒さを感じます。

「霧華」とはしゃれた言葉です。
 霧華の由来は、壺屋総本舗の、「壺屋総本店オンラインショップ」によりますと、
(以下引用)
 北国銘菓「き花」の名前の原典は、齋藤 瀏[さいとうりゅう]の歌集『霧華[きばな]』にさかのぼります。齋藤 瀏は、軍人で二度にわたり第七師団に赴任し通算10年3ヶ月を旭川で過ごしています。昭和2年3月、熊本第11師団旅団長としての栄転に際し、旭川歌話会[あさひかわかわかい](代表 酒井広治[さかいひろじ])は送別短歌会を開催、齋藤 瀏は娘の史[ふみ]と共に出席して歌を残しています。当時、旭川新聞社に勤務する小熊秀雄[おぐまひでお]はこの旭川歌話会で幹事をつとめ、送別会で霧華という文字を織り込んだ歌を寄せています。

齋藤 瀏は、昭和4年に第二歌集『霧華』を発刊。大正3年から9年までの旭川在任中に詠んだ霧華の題が9首収録されています。北辺の冬の現象を表現する言葉として霧華という造語を編み出したとみられています。凍てつく氷点下の世界に、光に煌めく霧の美しさに華という字を付して霧華と表現したのでしょうか。

俳句歳時記の冬の季語に、木華[きばな]、木花[きばな]、霧の花、樹霜[じゅそう]などが見られますが、霧花という字句は見あたりません。旭川で齋藤 瀏が特有な言葉として詠いこんだのが初めてとみられます。

大正13年、再度旭川に着任した齋藤 瀏、史親子は大正15年に発足した旭川歌話会にも参加。昭和2年に短歌誌「霧華」を創刊しますが、4年には「半仙戯(ふららこ)」と改題しています。
(引用ここまで)

 昔は旭川第7師団に赴任した将校がエリートで歌をたしなむ方が多かったのでしょう。 

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